(財)日本ソフトボール協会選手強化本部会男子強化委員
男子日本代表ヘッドコーチ・丹下淑裕
男子ソフトボールにおいて4年に1度の「世界最高峰」の舞台。第12回世界男子選手権が去る7月17日(金)〜26日(日)、カナダ・サスカツーンにおいて開催された。
大会には、史上初の世界選手権4連覇をめざしたニュージーランドを筆頭に、前回準優勝のホスト国・カナダ、前回3位のオーストラリアをはじめ、アメリカ、日本、イギリス、フィリピン、ボツワナ、デンマーク、メキシコ、チェコ、アルゼンチン、ベネズエラ、南アフリカ、プエルトリコ、インドネシアの16ヵ国が参加。今回、男子日本代表は、前回2004年に開催された第11回で5位に終わった雪辱を誓い、世界の強豪と壮絶な“死闘”を繰り広げた。しかし、日本は最後まで懸命の戦いを続けながらも、決勝トーナメントでソフトボール王国・ニュージーランドの前に延長タイブレーカーの末、6−10で惜敗。結果は前回大会と同じく5位に終わった。
今大会は、現在世界ジュニア選手権で4連覇を継続中で、ジュニア世代の強化を着実に推し進め、その常勝チームの「骨格」の担った選手たちで編成されたオーストラリアが無類の強さを発揮。ファイナルでは、これまで「世界最強」と称されていたニュージーランドを相手に、「右のエース」アダム・フォーカードが球速135kmを超えるライズ・ドロップを武器に、10三振を奪う圧巻のピッチングでノーヒット・ノーランを達成。まさに、驚異的なスピードで進化を続ける世界の男子ソフトボールを象徴するシーンで幕を閉じた。
大会を終えての総括、今後の日本の“強化”に向けた具体的な取り組みを踏まえ、今回男子日本代表を率いた丹下淑裕ヘッドコーチに、話をうかがった。
今回の第12回世界男子選手権での戦いを終えて、あらためて日本の打撃・守備・走塁、投手陣のピッチングを総括した場合、丹下ヘッドコーチとしては、どのように評価していますでしょうか。
〈打撃に関して〉
まず、打撃面では今回「世界のトップレベル」の投手たちを実際に自分たちの目で見てきて、選手たちの中には、まず相手投手の球速(130km〜135km)に対応できなければ、世界のトップとは戦えないという意識が確実に芽生えたと思います。
実際に今大会のファイナルで、これまで「世界最強の王者」と称されていたニュージーランドを力でねじ伏せ、優勝したオーストラリアの「右のエース」アダム・フォーカードは、私たちが計測した中でもアベレージで130km、MAXでは134kmを叩き出していました(予選リーグ・ベネズエラ戦)。ファイナル・ニュージーランド戦でのピッチングを考えると、MAXはおそらく135kmを超えていたのではないかと思います。他にも、カナダの右腕・トッド・マーティンがMAX133kmを記録。以前にオーストラリア代表として、ニュージーランドをキリキリ舞いさせたこともあるジェームス・ダルビーも、今大会はイギリス代表のエースとして出場し、日本戦ではMAX131kmを計測しました。オーストラリアの「左のエース」アンドリュー・カークパトリックもアベレージで120km台後半を記録していたと思います。
今回、世界と戦い、そのトップレベルを実際に自分たちの目で見て、肌で感じ、「もはや世界では“130km”というスピードは特別なものではない」というこの現実は、私たちにとってやはり一番の衝撃でした。しかし、今後その世界トップレベルの投手たちと戦い、そこで勝つためには、当然その投手陣を打ち崩さなければなりません。これは、今後の日本の「強化」に向けて、もっとも大きな「課題」になると考えています。
今回の日本の打撃を振り返ると、やはり、大会前から我々が考えていたように、セーフティーバントやスラップなどの小技、またはスチールなど機動力を絡めた攻撃は大きな武器となり、打線では横山拓(岐阜エコデンSC)、塚本正和(日新製鋼)が小技を絡め、足を使い、多くのチャンスメイクをしました。また、小技だけではなく、長打(ホームラン)でも、私が予想していた以上に得点を稼げたことは収穫でした。130kmを超えるオーストラリア、カナダの投手陣とは大会では対戦がありませんでしたが、それ以外の投手からは、どの投手からでも常に2、3点は取れる打線だったと思います。予選リーグ第3戦で戦ったアメリカの左腕・ポール・コートには苦しめられましたが……。
アメリカ戦に関しては、左投手特有の内・外角に流れる変化球をはじめ、選手からは投手の球の出どころが見えづらかった、他の投手とは違った独特の投球フォーム、リズムに苦しめられたということを聞きました。実際に対戦した時には、この“打ちづらさ”ゆえの迷いから、ほとんどの打者が球を追いかけてしまい、振り切れませんでした。この点に関しては、これまで他の国際大会でアメリカと対戦してきた中でも、今回の左投手との対戦が初めての対戦であったために、情報の少ない投手の特性にこっちが完璧に“ハマってしまった”という感じです。また、これは大いに反省すべき点なのですが、アメリカは今大会の初戦(ニュージーランド戦)でこの左投手が先発し、初回にいきなり打ち込まれ、14失点を喫していました。そういった流れも考えてみると、その場面をその時実際に見ていた私たちの中に、どこか相手を舐めていた部分があったのかもしれません。とにかく、勝負は戦ってみないと何が起こるか分かりませんし、相手と戦う前にしっかりと対策・準備をしておくことの大切さ、情報収集・戦力分析の大切さという点は、身をもって思い知らされました。
〈守備に関して〉
守備に関しては、日本での戦いとは違う「国際大会」での戦いということを踏まえて、もう一度見直さなければならないと思っています。
これは、やはり対戦する相手のレベル、打球の速さ、質、実際にプレーするグラウンドの環境の違いをしっかりと認識し直す必要があると感じたからです。
今大会は、記録上で振り返れば、守備の失策数は予想以上に多く、結果として相手に得点を献上してしまったタイムリーエラーもありました。しかし、この要因としては今回単純に日本の守備の技術が低下し、他の国に比べて劣っていたというわけではないと私は考えています。むしろ、投手陣がいずれもつかまり、相手打者に多くの球を完璧に振り切られ、ミートされていたために、守備陣にとってはどの当たりも痛烈で、日頃日本でプレーしている環境とは違った打球を、数多くさばかなくてはならなくなっていたことが大きな原因であったと言えるでしょう。日本の守備の技術、守備範囲は間違いなく世界のトップクラスであると思いますし、今大会でも、試合の要所で投手陣をバックが好プレーで助ける場面は数多くありました。例えば、バッテリーとの呼吸で計算された内野ゴロを打たせ、併殺にしとめる。また、他の国ならヒットになるゾーンでも、持ち前の守備範囲で相手のチャンスの芽を数多く摘み取ってきました。
しかし、先にも述べたように、戦う相手、場所は「日本」ではありません。また、以前の日本代表のように、投手陣の中に「力でねじ伏せる」ことのできる“絶対的な柱”が存在しない以上、もう一度、自分たちの力、現状をしっかりと分析・評価し、強化を図っていかなければならないと感じています。
〈投手陣に関して〉
投手陣に関しては、今回チームの戦い方として、大会前の強化合宿時から「継投」を大きなテーマとしてきました。これは、これまでの経験から“世界”との戦いを想定したとき、それぞれの投手が完封、完投で乗り切っていくことは非常に難しいと考えていたからです。大会では、その「継投」により、試合を戦ったわけですが、今回は我々が予想していた以上に苦戦しました。
事前に行った強化合宿、テストマッチでは、投手陣一人ひとりとコミュ二ケーションを図り、「ロングイニングであっても、ショートイニングであっても、試合の状況によっていつでもいける態勢を整える」ことに重点を置き、理想としてはそれぞれの投手が「MAX」の状態で試合に臨める状態に持っていきたかったのです。しかし、今回は予選リーグ序盤から投手陣がつかまり、常に相手にリードを奪われる苦しい試合展開を余議なくされました。そのため、ある程度、後の決勝トーナメントを睨んで力を温存し、勝利しておきたかったボツワナ戦、イギリス戦、デンマーク戦といったこれまでは「格下」と言われてきた相手にも、現状では投手陣をフル回転させなければならず、結果的にそこで徐々に力を奪われてしまったと感じています。
今回の投手陣の中では、ショートイニングでの起用が多かった中村健二(大阪桃次郎)、照井賢吾(大阪ツヅキグローバル)が内・外角、高低をしっかりと突き、緩急を使いながら個々に持ち味を発揮してくれました。特に中村健二(大阪桃次郎)は、チェンジアップの中にも変化をつけ、ライズ、ドロップのスピードにも微妙に変化をつけながら相手打者を打ち取っていきました。逆に、どちらかといえば 120km台の速球を武器とし、「力」で押すタイプの投手は今回どの投手もつかまってしまいました。また、相手によってはロングイニングでの起用を考えていた飯田邦彦(日新製鋼)、浜口辰也(ホンダエンジニアリング)、村里和貴(デンソー)の「三本柱」がいずれも打ち込まれてしまったというダメージはやはり大きく、大会を通じて勝負どころで起用できる投手が限られてしまい、積極的に投手をつないでいくという「継投」ではなく、投手を代えざるを得ない状況に追い込まれてしまっての「継投」になってしまったことが、非常に残念であったと思っています。今後は、どういったタイプの投手のどの球種が世界では通用するのかといった、さらに細かな部分まで正確に分析し、日本の投手の持ち味を生かした戦略を立てていくことが必要になってくるのではないかと考えています。
今回、出場していた世界の国々と実際に戦われて、各国の特徴など、丹下ヘッドコーチはそれぞれどのように感じられましたでしょうか。
今回、出場していた世界の国々に関しては、やはり世界のトップ3(オーストラリア、ニュージーランド、カナダ)が、頭一つ抜けた存在にありました。オーストラリアの「左右の二枚看板」アダム・フォーカードとアンドリュー・カークパトリックについては、冒頭でもお話しましたが、球速・コントロール・変化球のキレ、ともに間違いなく「世界一」です。また、二人は世界ジュニア選手権の優勝投手でもあり、ジュニア世代から着実に経験を重ね、ナショナルチームへとステップアップしてきました。このままいくと、今後はこの二人の投手を柱にしたオーストラリアの“黄金時代”が訪れるかもしれません。オーストラリアは、打撃面ではどちらかというと各打者が豪快に振ってくるというよりは、試合の状況によってセーフティーバント、スラップなどの小技を絡め、相手を崩してくるといったスタイルが印象的でした。
ニュージーランドに関しては、今回のファイナルでオーストラリアにノーヒット・ノーランでの屈辱的敗北を喫したものの、その破壊力抜群の打線はやはり「健在」でした。しかし、投手陣にはやや不安要素を抱えており、大会を通じて3名の投手(ジェレミー・マンリー、マーティー・グラント、ヘイニー・シャヌーン)をローテーションさせる戦術で、“若手の成長”、“絶対的なエース”の不在がオーストラリアとの差となってしまったように思います。いずれにしても、「ここぞ」という勝負どころでの打線の爆発力で勝利をつかむスタイルで投手陣の決定力不足を補っている状況にあるといえるでしょう。
今大会ホスト国であったカナダは、前回準優勝に輝いたその実力通り、今回も投・打に世界トップレベルの選手を数多く抱えていました。投手陣は、どの投手も120km台後半〜130kmを超える速球を武器としており、打線においても、ニュージーランド同様にどこからでも「一発」が飛び出し、一気に叩みかける爆発力を有していました。プレースタイルとしては、攻・守に豪快なソフトボールを展開するといった感じだと思います。また、打者では打線の中軸に前回、前々回の世界選手権を経験しているベテラン選手に加えて、今回は打線のリードオフマンとして活躍し、勝負強さを兼ね備えたデレク・メイソンらの“若手の台頭”も目立ちました。ソフトボールという競技が高いレベルで広く浸透しているカナダのお国柄を考えると、今後も間違いなく“世界一”を争えるメンバーを揃えてくることでしょう。
また、この世界のトップ3とともに、今大会我々が衝撃を受けたのは、これまで日本と比べると、いわゆる「格下」と評価されてきたボツワナやフィリピン、デンマークやイギリスといった国々の台頭でした。ボツワナに関しては、日本は予選リーグ第2戦で実際に対戦しましたが、試合は序盤に投手陣がつかまり、中盤までリードを奪われる苦しい展開を強いられました。登板していた投手も、アベレージで115km程度のキレの良い球を投げ込み、MAXはおそらく120kmを超えていたのではないでしょうか。
この他に、実際に日本と対戦したフィリピン、デンマークも我々が想像していた以上に、攻撃・守備ともに個々の選手が高い能力を見せ、こちらが力を温存しながら戦うことなどできない状況にありました。
イギリスについては、今回ナショナルチームの中に、元オーストラリア代表としての経験を持ち、MAX130kmを超える速球を武器に、当時「世界最強の王者」と呼ばれていたニュージーランドを力でねじ伏せた投手、ジェームス・ダルビーが在籍していました。また、このジェームス・ダルビーの他にも今回のイギリス代表チームには以前にニュージーランド、オーストラリアなどの強豪国のリーグや、クラブチームで活躍していた選手が何人か在籍していたようです。これは、飯田、浜口、村里といった日本の投手陣の「柱」が、ショートイニングでとらえられた状況をみても分かる通り、予想以上に力のある選手を揃え、レベルの高いチームであったことを証明しています。
このような、他の国のリーグや国際大会で幅広く活躍する海外の選手たちは、近年世界では確実に増加してきていると感じています。もともとソフトボール王国と呼ばれていたニュージーランドやアメリカ、カナダなどは、国内で行われているリーグや大会に世界各国から多くの選手が集っており、ニュージーランドとサモアなどは、頻繁に選手の交流・入れ替えを行っています。しかも、このようなことがヨーロッパや南米のチームなどにも広がってきている状況を考えると、今後、世界のどの国が急激に力をつけてくるか分かりません。日本としても、このような世界のソフトボールの現状や強化の流れを、もう一度しっかり調査し、認識しておく必要があるのではないでしょうか。今後、世界で「勝つ」ためには、ソフトボールの技術以外の面でも、世界各国のソフトボールの状況や傾向を事前に“知っておく”ことが必要なのです。時代が進むにつれて常に状況は変化していきますし、これまでの理論や戦術だけにとらわれた強化では、いつか限界がくると感じています。
「日本代表」は今後どのような強化を図るべきでしょうか。今回の戦いを終えての丹下ヘッドコーチの考えをお聞かせ下さい。
今後の日本代表の「強化」としてもっとも大切なことは、やはり今回の世界選手権を経験した選手・スタッフが、次のチーム、世代に確実にこの経験を伝えていくことだと思います。今大会日本はどのように世界に挑んだのか、世界と戦った中で何が通用し、何が通用しなかったのかをまずは多くの人間が認識することが必要ではないでしょうか。これは、私たちに課せられた“使命”であり、「義務」でもあると感じています。今回の世界選手権を終えて、「もはや単純に日本の中でベストチームを編成し、大会に臨むだけでは世界一にはなれない」という厳しい現実を突きつけられました。あの「世界最強の王者」と称されていたニュージーランドを圧倒し、優勝したオーストラリアのようなジュニア世代からの強化の“継続性”は、今後の日本の大きな課題となるでしょうし、選りすぐりの代表選手を集めた上で、さらに継続した強化を施していく必要があると感じています。
そういった意味でも、過去に男子のカテゴリーでも設立されていたU23日本代表のように、ジュニアとナショナルチームをつなぐ役割を果たす強化システムの構築も必要になってくると思いますし、若い世代から「世界」を知り、その舞台を経験した選手たちを鍛え、確実に育て上げていくことも重要になると考えています。
また、今回私を支えてくれた荒木貴則コーチ(日新製鋼)のように、今後も世界を知る人材(荒木貴則コーチは、自らも「日本代表」として世界選手権準優勝・3位という成績を残し、黄金時代を築いた)がナショナルチームのスタッフを務めることも必要であると感じています。実際に今大会で、ニュージーランドやカナダの選手・スタッフと、荒木コーチを通じて様々なコミュニケーションを図ることができたことは非常に大きな意味がありましたし、やはり世界で戦えるチームを作り上げるといった面においても、世界のトップレベルを実際にその目で見て、肌で感じてきた人間だからこそ、伝えていけることがあると思うのです。
これは、選手にも同じことが言えます。やはり、今回の世界選手権を戦った選手たちの中から何名かは次の日本代表チームの「骨格」となって支えていってもらわなければ困りますし、当然選手自身にも今後の日本の強化を見据えた継続した活動をしていってもらわなければなりません。男子の場合は、日本リーグや実業団の選手といえども、決して恵まれた環境ではなく、これらのことが簡単なことではないことはもちろん理解しています。しかし、このような活動が現実として継続されていかなければ、日本代表の「強化」は前に進みません。「個々の選手の能力頼み」「能力の突出した選手がいた時代だけ勝てる」、こういったこれまでの流れから脱却する必要があるのです。この部分では、今回日本代表投手陣の「柱」となってくれた飯田邦彦(日新製鋼)、浜口辰也(ホンダエンジニアリング)、村里和貴(デンソー)をはじめ、野手ではチームのキャプテンを務めた石村寛(大阪ツヅキグローバル)、枦山竜児(岐阜エコデンSC)らが、前回、前々回の世界選手権から継続して日本代表の中心選手として活躍してくれました。特に、投手陣の飯田、浜口、村里に関しては、今大会での結果は決して素直に喜べる内容ではなかったかもしれませんが、自らの持つ世界の舞台での経験を若手に伝え、チームの「柱」として他のメンバーを最後まで引っ張ってくれたこと、常に日本のトップとして代表チームに名を連ねてくれたことに対しては、大いに評価し、他の選手は見習うべきだと思います。
今後はまた、すべての選手が再び代表選手選考会に臨み、新たなサバイバルに身を投じていかなければなりませんが、新たな逸材、可能性のある選手の発掘と同時に、チームとして戦う以上は経験豊富なベテラン勢にもまだまだ頑張ってもらわなければなりません。それぞれの世代が真に競い合うことで、「真の日本代表チーム」が生まれるのです。2年後の2011年には、次の世界選手権の予選を兼ねた「第9回アジア男子選手権」が控えていますし、2012年にはU19日本代表の出場する「第9回世界ジュニア選手権」も開催されます。今大会で得たものを“次”につなげ、また新たな日本代表の“強化”に取り組んでいきたいと思っています! |